みかわち焼日本遺産認定10周年

みかわち焼は、2016年(平成28年)にストーリー「日本磁器のふるさと 肥前」の構成文化財のひとつとして佐世保市などの地域とともに日本遺産に認定されました。

日本遺産認定の概要

  • 認定年: 2016年(平成28年)
  • ストーリー名: 日本磁器のふるさと 肥前 〜百花繚乱のやきもの散歩〜
  • 関連自治体: 長崎県佐世保市(三川内焼)、平戸市、佐賀県有田町、伊万里市、武雄市、嬉野市、などで構成

みかわち焼の特徴

  • 400年の歴史: 豊臣秀吉の朝鮮出兵に際し、平戸藩主・松浦鎮信が陶工を連れ帰ったことが始まりとされています。
  • 平戸藩の御用窯: 江戸時代には平戸藩の御用窯として発展し、繊細な白磁や「唐子絵(からこえ)」、立体的な「菊花飾細工」などの高度な技術が磨かれました。
  • 見どころ: 佐世保市三川内地区には窯元が立ち並び、伝統ある三川内焼美術館や、陶祖を祀る陶祖神社などが歴史を伝えています。

「鎮守府」と「みかわち焼」が、日本遺産にダブル認定!

本市の歴史と文化を代表する、「鎮守府」(日本の近代化と海軍の遺産)と「みかわち焼」(日本磁器のふるさと肥前)が、「日本遺産」に認定されましたのでお知らせします。

<認定ストーリー>
『鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~』
『日本磁器のふるさと肥前 ~百花繚乱のやきもの散歩~』

https://www.city.sasebo.lg.jp/keizai/kankou/20160425nihonisan.html

酒肆はやし

2026.07.16
酒肆はやし
長崎県佐世保市京坪町4−7
有明海の夏の風物詩「まじゃく(アナジャコ)」

鄭成功生誕祭

鄭成功生誕祭に国内外から200人
平戸が中国台湾の架け橋に
西日本新聞 令和8年7月15日朝刊

韓国家庭料理「トラジ」

226.07.09
佐賀県西松浦郡有田町黒牟田丙31
韓国家庭料理「トラジ」

今回写真ではなく動画を撮影してつなげました。
動画で撮ると立体的で美味しく見えます(本当に美味しいです)

中里陽山の染付

2026.06.19
長崎県美術館へ「中里陽山の染付」展を見に行きました。写真は展示作品の一部を投稿します。

会期
2026年5月15日(金)~7月26日(日)
開館時間
10:00~20:00(最終入場19:30)
会場
長崎県美術館 常設展示室第2室
概要
白い磁肌に藍一色で広がる、繊細優美な絵付け。三川内焼を代表する装飾技法の一つ、「染付」です。本展では、陶芸家・中里陽山に焦点を当てます。陽山の染付作品のみに特化して数多く展示する機会は、当館で初めてです。ぜひお楽しみ下さい。

天草砥石を発見

その昔、約400年前、早岐茶市で熊本県天草地方から来た行商が「天草砥石」を売っていたそうだ。
それを発見した陶工がこの石なら白磁の器を作れると言ったそうだ。
それが三川内焼の始まりと伝えられています。
今日、早岐茶市でその「天草砥石」を発見しました。


「早岐茶市(はいきちゃいち)」では、熊本県特産の「天草砥石」を取り扱う金物店が出店することがあります。早岐茶市は安土桃山時代から400年以上続く歴史ある市場です。


「早岐茶市」は長崎県佐世保市の早岐地区で安土桃山時代より毎年5月上旬から行われる「市」です。
その昔、交通の要衝であったこの地域で物々交換を行ったことがきっかけで開催されるようになりました。
この早岐茶市は、いにしえの時代から伝統と歴史を引き継ぎ今なお賑やかに行われています。

肥前陶磁器の誕生秘話

平戸洸祥団右ヱ門窯 第十七代中里一郎氏に聞く三川内焼
長崎県佐世保市三川内町
撮影日 2026年5月1日

なぜ原料がない三川内で焼物が焼かれたのでしょうか?

職人は朝鮮から連れて来られた陶工がルーツだそうです。原料は、早岐茶市で売られていた天草産の砥石が磁器の原料だと見出されて、三川内で磁器が焼かれるようになったそうです。

有田焼は明治期に明治新政府が盛んに欧米に向けて販売戦略を展開したために知名度が上がりました。その後有田商人は全国へ見本を持って行商へ赴き、有田焼の認知度がさらに高まりました。

波佐見焼は波佐見町には窯業技術センターがあるので、官民一体となって波佐見焼ブランドの確立に動いてきました。少し前までは有田焼のシールを貼られて全国に出荷されていた波佐見焼ですが、今では波佐見焼として独立した産地、ブランドが確立されつつあり、有田焼ではなく波佐見焼を買いに波佐見陶器市に来る焼き物ファンも増えました。

三川内焼は、かつては伝習館がありましたが、県の窯業技術センターは波佐見に作られてしまいました。波佐見焼の場合、長崎県と波佐見町が協力して産業育成に当たってきましたが、三川内焼の場合には、長崎県と三川内町の間に佐世保市が介在してしまうので、官民一体で産業育成をするのに波佐見町のようには臨機応変に動けなかった経緯があるそうです。また人材育成機関は、有田町の窯業大学に依存しており、三川内焼が遅れをとってしまった原因はそのような背景があるそうです。