御茶盌窯

おちゃわんがま
国史跡「肥前陶器窯跡」御茶盌窯

平成17年7月14日指定
御茶盌窯は、江戸中期から後期まで唐津藩の御用窯として使用され、茶陶のほか様々な器種が焼かれました。
現存長27.5メートルの連房式登窯で、7室程度の焼成室を持ち、このうち6つが完全な形で残っています。焚口部分、窯壁・天井部の残りもよく、焼成室は奥の部屋ほど幅が広くなっています。
1620年頃、唐津藩主の寺沢氏は、椎の峯(現伊万里市)の窯場に集った陶工の中から、3名を藩の御用焼物師に任じました。その後、宝永4年(1707)に、四代中里太郎右衛門、四代大島弥次兵衛が坊主町に御用窯を築き、さらに享保19年(1734)には、五代中里喜平次、五代大島弥吉が唐人町に窯を移しました。この窯が御茶盌窯です。坊主町窯で焼かれたものを「土井唐津」、御茶盌窯で焼かれたものを「献上唐津」と呼んでいます。
御茶盌窯は、将軍家そして藩主への献上品を焼成する御用窯として創業し、高い技術のもと、良質な陶器を製作し続けましたが、明治4年(1871)の廃藩により、永らく続いた御用焼物師の制度は廃止されます。その後大島一族は窯業から離れますが、御茶盌窯は中里一族により大正期まで使用され、現在もほぼ旧状のまま保存されています。
唐津市教育委員会