平戸・中野窯跡

1598(慶長3)年、松浦家26代鎮信(法印)(しげのぶ・ほういん)が朝鮮出兵からの帰陣にあたって連行した、朝鮮熊川(こもかい)出身の巨関(こせき)等に開かせた窯といわれる。
製品は、高麗風の刷毛目文様や、白化粧土に呉須(ごす)や鉄釉(てつゆう)で絵付けした茶陶類から一般の日用雑器である壺(つぼ)・甕(かめ)などが伝えられている。
発掘調査では白磁・染付の製品が出土していることから、陶器から磁器焼成へと移行する過渡的な窯と考えられており、貴重な史跡である。
1650(慶安3)年頃に、三川内に移転したと考えられる。
平戸市教育委員会