三川内皿山伝代官所跡

三川内皿山伝代官所跡
ここは、寛文八年(1668)に平戸藩御用窯関係の細工所等が長葉山窯から三川内皿山へ移転して以来、細工所棟梁であった今村家が住んだ屋敷跡である。
今村家代々のうち三川内皿山代官を兼務した当主がいたことから、地元ではここを代官所跡と伝えられている。敷地内に現在も残る建物の礎石は、昭和60年前後に解体された入母屋造の約40平方メートルを有した建物のものである。
平成12~13年に行った発掘調査では、建物跡の北側に石列や溝の跡を確認し、雲龍文荒磯(団龍)崩し鉢、雲龍団龍文皿、八角草花文杯、瑠璃釉碗など初期の細用窯の作品と考えられる磁器が多く出土した。また、遺物の多くは薄手に加えて極めて精巧に作られていることから、いずれも藩主への献上品または輸出品として焼かれたものと考えられる。しかし、出土した遺物は火割れや歪みなどの窯傷があることから、御用窯で本焼きが終わった後、ここで検品され、不良品として廃棄されたものと推察される。