釜山神社(かまやま)
三川内皿山の氏神である天満宮の境内社として祀られているのが釜山神社である。中里家や里見家の先祖神であり祭神は高麗塩(こうらいばば)である。
高麗塩は恐らく慶長三年(1598)の平戸領主松浦鎖信の朝鮮役帰陣で、巨関(きょかん)などの朝鮮陶工と共に来日した人と考えられ、中里茂兵衛と結婚して椎ノ峰(佐賀県伊万里市)で焼物を作っていた。日本名を中里エイと言う。夫兵衛の死後、子の右衛門を連れ、元和八年(1622)に三川内長葉山に窯を開くと伝える。
窯跡からは1630年以降の唐津系陶器が出土する。藁灰細の遊唐津茶碗や飴細茶碗、水指(みずさし)などの茶陶があって、三川内地区の旧来の唐津系陶器にはない技術が見られることから、高麗塩の長葉山開窯はかなり信頼性が高い。
その後、今村三之丞が皿山代官業棟梁に任名され、長葉山に御細工所を設けるにあたり、これに協力し、子の茂右衛門は窯炊き方になった。高温は百歳を越える長寿を得て三川内の墓所に眠っている。





