岸岳古窯跡

唐津焼発祥の地 飯洞甕下窯跡(はんどうがめしもかまあと)
平成17年7月14日指定・国史跡肥前陶器窯跡

今から四百数十年前の窯跡で、全長は18.4メートルあります。岸岳糸古唐津と呼ばれる、陶器の前・皿・小杯・瓶・甕などを焼いていました。

全長18.4メートル、勾配角度15.5度、焼成室数7部屋の階段式連房登窯で、側壁が直線的であることから、一名「割竹式登窯」とも呼ばれています。第5室と第6室の間には部屋を仕切る隔壁が完全に残っており、その高さから復元すると、天井は約1.2メートルとかなり低かったことが推測されます。
豊臣秀吉が引き起こした「文禄・慶長の役(1592~1598)」は、俗に焼き物戦争と呼ばれるほど、多くの朝鮮陶工が日本に連れて来られました。そしてそれ以降、日本でも登窯による本格的な陶器生産が始まったとされています。しかし、岸岳古窯跡群はそれ以前に、波多氏の庇護のもと、かの地の陶工が築いた窯であり、日本最古の登窯という評価を受けています。
この窯では碗・皿・小杯・瓶・甕などの陶器が焼かれており、その釉薬には主に土灰釉・白(透明・長石)が使用されています。
なお、向かって右の50メートルの所には、ほぼ同じ規模・構造の飯洞甕上窯跡が存在します。
唐津市教育委員会

場所 佐賀県唐津市北波多稗田

岸岳城跡案内図
岸岳城は標高320mの急峻な岸長の山上稜線に沿って東西に築かれており上松浦党の盟主であった波多氏17代約450年に及ぶ歴史の跡を今にとどめている。
築城の時期は定かではないが、南北朝時代(1336-1392年)には築かれていたと考えられている。
松浦地方では比類のない規模と立地上の卓越した位置を占めており、上松浦地方の中心的勢力であった波多氏の本城にふさわしい城郭遺跡である。

唐津市北波多市民センター

岸岳城跡(佐賀県指定史跡)
県指定史跡(城跡)/平成8年11月15日指定

北波多岸山・相知町佐里国有林内
上松清党の棟梁、波多氏17代(450年間)の感を秘めた山城で、鎌倉時代の築城と伝えられています。北波多・相知町両町村境に所在する標高約300メートルの峻峰を「岸岳」といい、その山頂尾根上に延々1キロメートルにわたって築かれています。本丸・二の丸・三の丸・三左衛門殿丸、大手門、水の手曲輪などの伝承地が存在し、石垣・曲輪竪堀等の遺構が良好に残っています。壮大な石垣は戦国時代以降に築かれたものですが、中世山城の面影を残す貴重な城郭遺跡です。武家屋敷跡と伝えられる「茶園の平」では、発掘調査により掘立柱建物跡が確認されています。
豊臣秀吉の命により波多氏が滅びて400余年、荒城に立ち往時を偲べば、勇名をはせた松浦党の活躍が彷彿として脳裏によみがえります。
(唐津市教育委員会)


岸岳古窯跡 360度写真 1
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岸岳古窯跡 360度写真 2
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岸岳古窯跡 360度写真 4
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