原明古窯跡

国指定史跡
肥前磁器窯跡
原明古窯跡群(はらあけ)

江戸時代のはじめに有田周辺ではじまった磁器の生産は、わが国陶磁史に大きな変革をもたらした。
原明古窯跡は最もはやく磁器を焼いた窯として重要な位置をしめる。
現在までに五基の窯跡が発見されている。このうち昭和49から50年に実施された調査では、A窯、B窯2基の窯体の全容が判明している。
A窯は全長44.76メートル、焼成室の平均幅は2.59メートル、B窯は全長50.26メートル、焼成室の平均幅は2.26メートルであった。不良品を捨てた物原は約2メートルの堆積があり上下層に別れる。上層からは染め付け磁器と模様のない陶器が、下層からは絵唐津を含む陶器のみが出土した。このことから、最初は陶器のみを焼いたが、後に陶器と磁器を一緒に焼くようになったことが判る。
窯跡の操業年代は1600年頃から1637年までと考えられる。
昭和55年3月24日、磁器を最も早く焼いた窯としてA~D窯が国史跡に指定された。

平成7年1月31日
西有田町教育委員会

原明古窯跡

この窯跡は昭和49年より2ヶ年計画で発掘調査を実売した。
その結果台地の南面にA窯全長約45m・19焼成室)とB窯(全長約51m・20焼成室)の二基西面にC窯とD窯の二基台地の東側突端にE窯とF窯の2基からなり小高い丘陵に自然の地形を利用した階段式連房(登り窯)と北斜面と南斜面に広大な物原が存在する17世紀初頭(残留磁器測定によると1610年±50年)の群案で全山に多量の陶磁片が散在していることが判明した。出土品は陶器が主体であり物原から古唐津系の文様を有する皿類焼成室からは陶器と磁器がくっついた碗や簡単な草花文のある成器の腕等である。また昭和55年3月肥前磁器窯跡のひとつとして国の指定を受けている。

昭和57年2月
西有田町教育委員会