【大谷窯跡】製品の主体は大皿や鉢で、刷毛目や二彩の装飾がみられます。この他、磁器や京焼風陶器などがあります。17世紀後半が操業の下限。
【小峠窯跡】製品は、鉄絵装飾から刷毛目・象嵌・型紙摺りなどがみられ、青磁や染付磁器の製造も試みています。17世紀初頭から前半の操業。
焼物の里を謳っている武雄市の焼物づくりは、約400年前の文禄慶長の役に遡ります。
従軍した武雄領主後藤家信が連れ帰った朝鮮陶工が竹古場山の麓を中心に登り窯を築きました。以後、脈々と焼物作りは受け継がれ、今では市内に凡そ90ヵ所の窯跡が知られています。中でも黒牟田系の土師場物原山と錆谷窯跡、内田系の小峠窯跡と大谷窯跡の4ヵ所が比較的残存状況が良好で、陶器窯跡として代表的なものとして、昭和15年に史跡に指定されました。
平成17年には、唐津市や多久市の窯跡が追加されました。
所在地 佐賀県武雄市武内町大字真手野





